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  <title>blackcatの鉄道ニュース解説</title>
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  <description>更新頻度は低いですが、鉄道関係のニュースについて独自の視点で書かせていただきます。</description>
  <lastBuildDate>Mon, 31 Dec 2018 00:42:00 GMT</lastBuildDate>
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    <item>
    <title>鉄道業界での女性進出が遅れたもう一つの理由</title>
    <description>
    <![CDATA[<h2>鉄道業かは何故女性の進出が遅れたのか？に対して思ったこと</h2>
<br />
先日、下記のようなタイトルで、ニュースが出ていました<br />
<br />
<a href="https://news.nifty.com/article/economy/postseven/12180-156374/" title="niftyニュース" target="_blank">鉄道業界での女性進出が著しく遅れた理由</a><br />
<br />
コンパクトに書かれていますが、若干違和感を感じましたので、その辺を私なりに書き加えさせていただこうと思います。<br />
国鉄の場合だけではないかと言われそうですが、国鉄では駅員などに女性を配置できない事情がありましたので、その辺を含めて書かせていただこうと思います。<br />
<br />
たしかに、男女雇用機会均等法が制定されるまでは、女性の深夜勤務などは、看護師【当時の名称は、看護婦】や、電話交換手など、】一部の職種を除き制限されていました。<br />
すなわち、女性は、深夜勤務や残業時間に制限が設けられていたわけです。
<h2>労働基準法は、女性の母性保護の観点から守られていた</h2>
<br />
これは、母性保護を前面に打ち出したもので、女性差別と言うよりも女性保護の観点からと見ることも出来ます。<br />
これが解消されるのは、平成9年に制定された法律、「<a href="http://jnrera3.webcrow.jp/potal_shiryou/Law/Law_other/h9/h09_92.html" title="国鉄があった時代" target="_blank">雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等のための労働省関係法律の整備に関する法律</a>」です。<br />
この法律の発効は、平成11年4月1日のため、平成11年に制定されたと思われがちですが、約2年間、準備期間となっていました。これにより、女性の深夜勤などが可能となりました。<br />
だたし、現在でも下記のように、妊娠中の女性労働者の、時間外・休日労働・深夜業の規制等は引き続き行われています。<br />
<br />
少しだけ引用してみたいと思います。
<blockquote>女性の時間外・休日労働・深夜業に関する規制は平成11年４月より原則として廃止されましたが、女性に関しては、ほかに以下のような規制があります。
<table style="width: 100%;" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0">
<tbody>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">１．</td>
<td class="line14">坑内労働の禁止（労働基準法第64条の２関係）<br />
　使用者は、臨時の必要のため坑内で行う一部の業務を除き、満18歳以上の女性を坑内で労働させてはならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">２．</td>
<td class="line14">生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置（労働基準法第68条関係）<br />
　生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求した場合、使用者は、その女性を生理日に就業させてはならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">３．</td>
<td>産前産後休業（労働基準法第65条関係）
<table style="width: 100%;" cellspacing="0" cellpadding="3" border="0">
<tbody>
<tr>
<td valign="top" nowrap="nowrap">産前休業：</td>
<td>使用者は、６週間（多胎妊娠の場合は14週間）以内に出産する女性が請求した場合、就業させてはならない。</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top" nowrap="nowrap">産後休業：</td>
<td>使用者は、産後８週間を経過しない女性を就業させてはならない。但し、産後６週間（強制休業期間）を経た後は、本人が請求した場合、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは差し支えない。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">４．</td>
<td class="line14">軽易業務転換（労働基準法第65条関係）<br />
　妊娠中の女性が請求した場合、使用者は、他の軽易な業務に転換させなければならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">５．</td>
<td class="line14">時間外・休日労働・深夜業の規制（労働基準法第66条関係）<br />
　妊産婦が請求した場合、使用者は、時間外労働・休日労働・深夜業をさせてはならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">６．</td>
<td class="line14">危険有害業務の就業制限（労働基準法第64条の３関係）<br />
　使用者は、妊産婦を妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせてはならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">７．</td>
<td class="line14">妊産婦に対する変形労働時間制の適用についての制限（労働基準法第66条関係）<br />
　妊産婦が請求した場合、フレックスタイム制以外の変形労働時間制の規定は適用されない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">８．</td>
<td class="line14">妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置（男女雇用機会均等法第12条・13条）<br />
　事業主は、女性労働者が母子保健法に定める保健指導、または健康診査を受けるための必要な時間を確保し、その指導事項を守ることができるように、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない。</td>
</tr>
<tr>
<td class="line14" valign="top" nowrap="nowrap">９．</td>
<td class="line14">育児時間（労働基準法第67条関係）<br />
　生後満１歳未満の子供を育てる女性は、休憩時間とは別に、１日２回それぞれ少なくとも30分育児時間を請求することができる。２回のとり方やその時間帯は労働者の任意の選択によるので、１回でまとめてとることも可能である。使用者は、育児時間中、その女性を使用してはならない。<br />
<a href="https://www.pref.yamagata.jp/sr/roudou/qanda/qanda_top.html" title="" target="_blank"><span class="size141"><i><span style="font-size: 10.5pt;"></span></i></span><i><span style="font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><br />
</span></i></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
</blockquote>
引用　<a href="https://www.pref.yamagata.jp/sr/roudou/qanda/qanda_top.html" title="" target="_blank">労働相談Q＆A&nbsp; <span class="size141"><i><span style="font-size: 10.5pt;">山形県商工労働部雇用対策課</span></i></span></a><br />

<h2>小川氏のレポートでは下記のように書かれているが</h2>
さて、上記の記事では、鉄道は男性の職場というイメージがあるがとして、下記のように書かれています。<br />
この主張は正しい、しかし、終戦後再び鉄道業界が男性中心になってしまったのかという点があまり詳しく書かれていないような気がします。<br />
私は、やはり、労働基準法の存在が大きかったと考えるわけです。<br />
<br />

<blockquote>いまだ鉄道は男の職場という意識は根強いが、戦中や戦後間もない頃の鉄道は女性が支えてきた事実も忘れてはならない。
<div>　戦時中、男たちは兵士として戦地に送られた。他方、女性は軍需工場や郵便配達、電車の運転などを任された。特に、市民の足として欠かせない交通機関だった路面電車では多くの女性が活躍した。</div>
</blockquote>
<div></div>
<div>
<h2></h2>
鉄道業界でも、私鉄の場合は、関連企業に吸収するなどで、戦時中に採用された女性社員を上手く吸収させる事ができたかもしれませんが、国鉄の場合は、発足当初の昭和24年に、女性を中心に実は大幅に指名解雇しています。<a href="http://jnrera3.webcrow.jp/potal_shiryou/Law/Law_other/s24/s24_126.html" title="" target="_blank">定員法</a>の関係で 、職員の解雇に踏み切ったものであり、その多くは戦時中に採用された女子職員【当時の名称では女性ではなく、女子という表現でしたので、敢えて当時の表記で記述】でした。それと、10代の若手職員を解雇、戦時中に徴兵されていて復員した兵士などを中心に残す措置を取りました。他にも、組合運動を過激に行っていた活動家を指名解雇しています。</div>
<p>当時の職員は50万人近くいたわけで、輸送量からすれば過剰な人員であり、国鉄は毎年慢性的な赤字に苦しみ、国会でも何度もやり玉に挙げられていたからです。</p>
<p>さて、本来の女性職員が鉄道業界、特に国鉄に芽生えなかったのかという点について改めてお話をしたいと思うのですが、先程申し上げたように、国鉄では私鉄のような関連企業が認められておらず、そうした関連企業への吸収という方策は望み得なかったこと、さらにもっと大きな要因として、動力車乗務員と貨物輸送があったと言えそうです。<br />
今は、蒸気機関車は観光の目玉的に捉えられていますが、当時は電化区間も少なく、殆どは蒸気機関車で運転されていました。<br />
煤煙は酷く、トンネル区間では窓を閉めてもどこかららともなく煤煙が入り込み、白のシャツが煤で黒くなると言うのは日常茶飯事と言えました。<br />
そして、その蒸気機関車の運転を支える機関士と機関助士の仕事は非常に重労働、特に機関助士の仕事は石炭をボイラーに投下する、力仕事です。<br />
女性の力では流石に、片手シャベルで、石炭を連続して投炭するのは難しいでしょう。<br />
ということで、機関士を含む運転士の仕事はどうしても女性ではなく男性中心の仕事になってしまいます。<br />
また、駅員の場合は女性を中心にして国鉄時代は配置すれば良かったのではないかと言う意見も出てくるかと思います。</p>
<p>ただ、そうなると、中高年のヤードで働く職員をどうするかでした。<br />
今では、廃止されてしまいましたが、かつて、「ヤード」と呼ばれる広大な貨物仕分け線がありました。<br />
ハンプと呼ばれる小高い丘から自動的に開放して予め設定された線路に向けて貨物を送り込む方法で、貨車に飛び乗りブレーキを掛けて行く仕事をする構内係（昔は連結手と言っていた、以下構内係で統一）という職種がありました。<br />
雨の日も夜間も関係なく行われる仕事で、当然のことながら、貨車に接触する、「蝕車事故」と呼ばれる事故も後を絶たず国鉄殉職者の6割を占めると言われていました。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/img517.jpg" alt="" /> 当然、構内係の仕事はこのように危険が伴いますので、出来るだけ年配者は外していきたい。そうなると外した人たちの働き場所を確保する必要が出てくる訳です。<br />
その先が、駅員と言うことになってきます。<br />
もっとも、接客に向いている人もいれば、元々そうした接客が苦手な人もいたりするわけで、そうした人が窓口で利用者とトラブルになるなんてこともあったわけです。<br />
<br />
ですから、少なくとも当時の国鉄にあっては、駅員に若い女性職員を採用して改札や、出札【切符販売窓口】の職員として配置してしまうと、男性駅員は連日夜勤のみの対応となったりしてそれこそ非常に不都合な状態になってしまうし、その上構内係の、卒業先が塞がってしまうと言うことを意味するのでした。<br />
もちろん、30代になっても、構内係の仕事をしていた人も皆無とは言えませんし、雇員（いわゆる非正規雇用）による、連結手もいましたが、社員の場合はそうしたセカンドキャリアを用意する必要もあったのです。<br />
<br />
案外そうした視点が抜けたまま書いている記述が多いので、少しだけ解説というか、異論を挟ませていただきました。</p>
<blockquote>
<p></p>
</blockquote>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/%E9%89%84%E9%81%93%E6%A5%AD%E7%95%8C%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%80%A7%E9%80%B2%E5%87%BA%E3%81%8C%E9%81%85%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%82%E3%81%86%E4%B8%80%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1</link>
    <pubDate>Mon, 31 Dec 2018 00:42:00 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">blackcat.blog.shinobi.jp://entry/9</guid>
  </item>
    <item>
    <title>大阪環状線と１０３系　第２話</title>
    <description>
    <![CDATA[<h2>大阪環状線の変則環状運転</h2>
<p>大阪環状線は、城東線・西成線・関西線のうち今宮～大正を経て西九条までの鉄道空白地帯を埋める形で建設されたものです。<br />
大阪環状線が開通した当初は、西九条駅は高架駅と地上駅が混在する駅でした。</p>
<h2>高架工事の完成</h2>
<p>高架工事が完成したのは昭和39年3月22日、8時55分の西九条発外回り（西九条から弁天町・大正経由天王寺方面行き）から運転を開始したと言います。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/11.JPG" alt="" /> <br />
交通技術39年6月から引用、切明工事が終わったのち暫くの間は、大阪市電西野田線は、玉川で元環状線の線路を走行したと記述されています。（大阪市電は1435ｍｍですので改軌したのでしょうね）</p>
<p>環状線の路線を大阪市電が走ると言うのも中々貴重な画像ではないでしょうか。</p>
<p>ただ、いまとなっては場所が中々特定しにくいのですが、どの辺かわかる方おられましたら是非ご教示願います。</p>
<h2>野田駅から延びていた大阪市場駅</h2>
<p>野田駅で撮影した方ならご存知であろうが、貨物線の横にアスファルト舗装された部分があるのに気付かれた方も多いでしょう。</p>
<p>かって、大阪中央市場まで線路が伸びていた跡なのです。<br />
昭和6年に開通し、昭和60年に廃線になった路線です。<br />
当時の大阪市場駅の写真を集めたページがありましたのでリンクを貼らせていただきました。<br />
<a href="http://warheads.s5.xrea.com/tetsuro/osakashijo/osakashijo_top.html" title="">Railway Maniaxさんのサイトでごらにただけます。</a><br />
上記ページの鐵路回顧録に大阪市場駅の写真がございます。<br />
<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/IMG_3470.JPG" alt="" /> <br />
<br />
</p>
<h2>消えた淀川電車区と森ノ宮電車区</h2>
<p>そして、本日の最後のお話は、淀川電車区と言う電車区がその昔あったと言うお話。<br />
片町線四条畷 ～片町間で電車列車が運転開始になった際に、設置された電車区で貨物駅出会た淀川駅の隣に設けらた電車区で、大阪地区では最も古い電車区でした。片町線および、城東線・西成線（現在の大阪環状線の一部と桜島線）の車両基地として使われていましたが、1960（昭和35）年淀川電車区森ノ宮派出所として誕生、その後森ノ宮電車区に昇格してからはもっぱら片町線の電車区となりましたが、国鉄末期の1985（昭和60）年3月14日に閉鎖されてしまい、大阪一古い電車区はその姿を閉じることになりました。<br />
現在は、淀川電車区があった跡地は<br />
<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/37894e4d.jpeg" alt="" /></p>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E7%92%B0%E7%8A%B6%E7%B7%9A%E3%81%A8%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%93%E7%B3%BB%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%92%E8%A9%B1</link>
    <pubDate>Tue, 19 Sep 2017 12:15:57 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">blackcat.blog.shinobi.jp://entry/8</guid>
  </item>
    <item>
    <title>大阪環状線と１０３系　第１話</title>
    <description>
    <![CDATA[大阪環状線の顔であった１０３系が間もなくその姿を消すとのこと。<br />
東京の山手線よりも周回距離は短いと言えども同じ環状線であり、１０３系にしてみれば最も性能的には優れた車両ではありましたが、さすがに最終増備車でも１９８０年ですから３７年ほど使っているわけで、さすがに保守部品なども限界でしょうし、MT55形などの直流直巻き電動機はブラシ（整流子）の保守という問題が付いて回ります。<br />
一部の国鉄ファンの人からすればもう少し走って欲しいという意見もあるでしょうが、実際保守する方としては大変であったろうと思います。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/IMG_2292.JPG" alt="" /> <br />

<h3>環状線に最初に投入されたのは１０１系</h3>
<p>少しだけ、１０３系というか大阪環状線の歴史を振り返ってみたいと思います。<br />
現在、大阪環状線と呼ばれている路線は、元々天王寺から寺田町経由で大阪都結んでいた城東線、関西線、関西線の支線（大阪臨港線）西成線（現在の桜島線）の間に2.5ｋｍの高架区間を設けて線路を繋いだもので、昭和３１年３月に着工され昭和３６（1961）年４月には、仮開業（当時、西成線が地平であったため、西九条駅で西九条発天王寺経由大阪方面行きと、西九条発大阪経由天王寺方面行きになっていました。<br />
完全高架になって環状運転ができるようになるのは、更に３年後の昭和３９（1964）年３月２２日まで待たなくてはなりませんでした。<br />
なお、当初所要１６８両に対して<br />
実は、大阪環状線誕生と同時に１０３系が投入されたようなイメージを持たれがちですが、１０３系の誕生は昭和３８年に試作車が誕生し、その翌年から量産車が投入ですので、環状線開通には間に合っていません。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/img528.jpg" alt="" /> 昭和３６年（1961）４月２５日の大阪環状線開通式（天王寺鉄道管理局３０年史）<br />
&nbsp;<br />
また、開業当初の写真では一部７３形も走っていたようです。<br />
ただ、順次１０１系が投入されたようで、出発式には１０１系を投入している写真が天鉄局のアルバムに出てきます。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/1991-4-28-osakaloopline-30th.jpg" alt="" /> 画像 wikipedia</p>
<h3>１０３系でビューで１０１系は片町線運用へ・・・</h3>
１０３系は、大阪環状線に丁度良い車両であり１０１系に変えて１０３系が投入され、１０１系は基本は片町線用、２編成が桜島線（愛称・夢咲線）の運用に使われており、その送り込みで、環状線も運転していましたが、それ以外は１０３系が運用に入っていました。<br />

<p>１０３系は山手線に次いで配置されていきました。</p>
<p>塗装は東京の中央線と同じオレンジバーミリオンとなり、片町線に転属した１０１系もそのまま同じ色とされました。</p>
<p>余談ですが、片町線のローカル電車、阪和線の旧国鉄形車両もオレンジバーミリオンが採用されました。</p>
<p>さすがに、阪和線の１０３系は環状線のと共通運用が当時はなかったので、京浜東北線と同じスカイブルーとなったのは承知の通りです。<br />
</p>
<h3>交通科学館と大阪環状線</h3>
<p>大阪環状線画のの字運転を開始して1年後の昭和37年、弁天町に交通科学館が国鉄90周年事業として建設されることとなりました。</p>
<p>目玉になったのは、昭和35年7月で用途廃止となったマイテ４９、鷹取工場で復元されたC5345であり、マシ２９その他の客車とともに、大阪港貨物線経由で搬入され浪速貨物駅から仮線を引いて搬入、そこで缶の火をそのまま落としたという話を聞いたことが有るのですが、側聞しただけなのでその辺の裏付けは取りたいと思っています。</p>
<h3>環状運転開始時には存在しなかった、新今宮駅・芦原橋駅</h3>
<p>大阪環状線は、開通当初は天王寺&rarr;大正&rarr;弁天町&rarr;西九条だったわけです。</p>
<p>ただし、当初から新今宮駅及び芦原橋の計画は有ったようです。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/999.JPG" alt="" /> <a href="http://library.transport.or.jp/e-library/%E4%BA%A4%E9%80%9A%E6%8A%80%E8%A1%93/HTML/1956-03_%E4%BA%A4%E9%80%9A%E6%8A%80%E8%A1%93(s31)_15.html" title="" target="_blank">出典交通技術 昭和３１年３月号 P93</a></p>
<p>ちなみに、芦原橋駅の開業は、昭和41年、新今宮駅は当初から南海電鉄との接続駅として計画されていましたが、昭和39（1964）年3月22日に開業、南海電鉄の開業は2年後の昭和41年（1966）12月1日とずれがあります。</p>
<p>なお、開通当初は関西線と線路を共用していましたが、昭和43年には複々線として分離されて現在の中央２線を関西線が利用する形となりました。<br />
<br />
続く・・・長くなりそうなのでわけさせていただきます。<br />
<br />
</p>
<p>取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に<br />
blackcat.kat@gmail.comにメール<br />
またはメッセージ、コメントにて<br />
お待ちしております。</p>
<p><a href="http://jnrera3.webcrow.jp/" target="_blank">国鉄があった時代 JNR-era</a></p>
<p></p>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E7%92%B0%E7%8A%B6%E7%B7%9A%E3%81%A8%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%93%E7%B3%BB%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%91%E8%A9%B1</link>
    <pubDate>Thu, 31 Aug 2017 12:24:33 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">blackcat.blog.shinobi.jp://entry/7</guid>
  </item>
    <item>
    <title>JR西日本の長距離列車は・・・改造車</title>
    <description>
    <![CDATA[<div><strong>JR西日本が発表した「長距離列車」</strong><br />
2017年6月20日、「トワイライトエクスプレス　瑞風」より割安で楽しめる長距離列車を2020年夏までに導入する計画を明らかにしました、「瑞風」「やまぐち号用レトロ客車」に続く第3弾として新車を期待していた人も多かっただけに、発表されたのが古い国鉄形電車（117系）の改造ということでガッカリされた方も多かったのではないでしょうか。<br />
Facebook等の、SNSでは、驚きの声と落胆するコメントが多数上がっているようです。<br />
<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/c2585737.jpeg" alt="JRWEST" /> <br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/002l.jpg" alt="JRWEST" />
<div>画像はJR西日本提供のものを流用<strong><br />
<br />
敢えて117系を採用したのではと考えてみる。<br />
</strong><br />
個人的には、JR西は敢えて、117系を改造の種車にしたのではないかと考えています。</div>
<div></div>
<div>その理由は大きく分けて二つです。</div>
<div></div>
<div>
<ul>
<li>採算が本当に取れる車両として運用できるのか不安があること。</li>
<li>次世代の技術車両（SmartBESTや、JR西日本自らが開発している蓄電池電車）等の開発がまだ終わっていない事。</li>
</ul>
採算が・・・この点は、JR九州が特急特急「<span color="#222222" face="sans-serif" style="color: #222222; font-family: sans-serif;">はやとの風</span>」をキハ47系気動車で改造したのと同じ手法と考えています。</div>
<div>金沢支社の、「花嫁のれん」等と同様の延長線上にあるものと思われます。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/JRW_kiha48_hanayomenoren_20160529.jpg" alt="花嫁のれん" /></div>
<div>画像 Wikipedia<br />
<br />
瑞風との対局で寝台列車を期待した向きには残念でしょうが、その辺はグリーン車の個室などを今回導入したことで可能性は探っていると思われます。</div>
<div>そして、これは上記の、<br />
次世代の技術車両・・・の開発を待っていると思われます。<br />
実は、JR西日本の報道発表で着目したのが、ハイブリッドも検討したがと言う点です。</div>
<div>一先ず、開発途上の蓄電池電車を導入するよりも、経費を抑えて117系を改造した電車を投入して利用者の動向を探ろうとしているのではないでしょうか。<br />
<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/Smart_Best_Hello_Kitty_Wakayama-go01.JPG" alt="Smart BEST" /> <br />

<div>画像 Wikipedia<br />

<h3>117系で大丈夫？</h3>
</div>
<div>国鉄形はJR後に製造された車両以上に頑丈に作られていますので、部品の確保だけ出来ればしばらくは運用させることが出来る可能性が高そうです。（実際、トワイライトエクスプレスの24系客車も昭和49年（1974年）以降の車両ですから40年以上使ったわけですから）</div>
<div>安く利用してもらえる新しいコンセプトの車両ということですからこうした、117系の改造でまず状況を探って、その後一定の利用者が見込めると考えれば、</div>
その結果をもって、新たな車両を開発できるであろうし、更に採算性があるとすれば、多様な発着地（関西空港発出雲市行きと言った、列車も誕生する可能性は十分考えられると推測しています。）<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/117kisei.jpg" alt="117系電車" /> <br />

<h3>新しい鉄道の楽しみ方を提案すべき時代</h3>
<div>これから、更なる人口減に向かう中、鉄道会社としても新たな収益源を考える時期に来ているといえるし、高齢化により自ら運転するよりも、乗換なしで移動したいというニーズも今後発生することが十分予測されるため、そのテストケースとしての117系改造の長距離電車ではないかと考えています。</div>
<div>予想以上に人気が高ければ思い切ってハイブリッド方式の新車を導入するでしょうし、そうでない場合は引続き電車の改造車等を導入することになると思われます。</div>
</div>
</div>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/jr%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%95%B7%E8%B7%9D%E9%9B%A2%E5%88%97%E8%BB%8A%E3%81%AF%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E6%94%B9%E9%80%A0%E8%BB%8A</link>
    <pubDate>Wed, 21 Jun 2017 22:37:52 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">blackcat.blog.shinobi.jp://entry/6</guid>
  </item>
    <item>
    <title>なにわ筋線 ２０３１年春開通予定？</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><span style="font-size: large; color: #ff0000;">なにわ筋線いよいよ建設にGO</span><br />
<br />
既にニュース等で流れていますが、なにわ筋線がいよいよ本格的に実現に向けて動き出すそうです。<br />
開業予定が２０１７年ですから、まだ１４年も先なのですが。<br />
計画によると、JR難波及び南海新今宮駅から分岐して梅田に至る路線で、梅田からは新大阪まではるか・ラピートが直接乗り入れる計画であり、阪急も十三からなにわ筋線に乗り入れる連絡船を建設す<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/8f2d2_1231_cceab3e22a90f8b3d0f8031f4f0800ef.jpg" alt="" style="float: left;" />る計画も出ています。<br />
阪急と南海・JRでは線路の幅が異なるのですが、阪急はこの路線に関しては狭軌で建設する意向もあると言われており、そうなった場合阪急がそのまま難波まで延長運転する可能性も出てくるかもしれません。<br />
いずれにしても、元々は阪急も以前は新大阪までの建設免許と用地を確保していたのですが結局、建設は叶わないまま、用地も売却<br />
現在の、新大阪駅の27番線ホームは、元々阪急が乗入用に確保していた用地が転用されているため、十三～新大阪駅までの区間の免許は保有しているものの直接新大阪駅に阪急自身が建設するとは考えにくく、北梅田経由で阪急も乗入する可能性も出て来そうですね。<br />
&nbsp; 引用&nbsp;<a href="http://image.news.livedoor.com/newsimage/8/f/8f2d2_1231_cceab3e22a90f8b3d0f8031f4f0800ef.jpg" title="">Livedoor News <br />
<br />
</a><span style="font-size: large; color: #ff0000;">南海電鉄の起点は当初は汐見橋だった？</span><br />
<br />
なお、左図では新今宮から分岐していますが、当初の計画では南海電鉄は難波からではなく、汐見橋から延長する計画でした。<br />
なにわ筋線自体は１９８０年頃から計画路線として何度も検討に上がっていたもので、JR難波（旧湊町）駅はそれを見越して１９９１年に今宮～JRなんば間はすでに地下化されており、また難波以北も延長できるような配慮がなされています。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/e1d1d4f6.png" alt="" /> <br />
引用 <a href="http://www.sankei.com/west/news/" title="">産経新聞WEST 2017.3.16 22:45<br />
<br />
</a><br />
<span style="font-size: large; color: #ff0000;">なにわ筋線計画に翻弄された汐見橋線、今後の去就は？</span><br />
<br />
汐見橋駅は、なにわ筋線の計画が具体化した時点で地下化される予定でしたが正式な計画では、難波経由に落ち着きそうなので、今後は汐見橋線の処遇も気になるところです。<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/caef139a.png" alt="" /> 汐見橋駅の隣が阪神桜川駅 <br />
<br />
阪神の桜橋駅と隣接しているのに駅名が全く違うというのもユニークなな話です。&nbsp;<br />
余談ですが、汐見橋は阪神・地下鉄千日前線も乗り入れるんですね。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/a21b06b9.png" alt="" /> JR難波からも離れており、周りは難波界隈と比べると閑散としている。<br />
<br />
ただ、実際に汐見橋は難波からはかなり離れているため、利便性はかなり悪かったであろうことは容易に理解できます。<br />
実際に事業として汐見橋経由で建設すると採算が取れないと言われており、難波からの延伸は御堂筋線の混雑緩和とともに快速線の役割を果たすことになるので利便性は大いに高まることになると言えます。<br />
<br />
<br />
<br />
開通は１５年程先になりますので、おそらく今の「ラピート」も、「はるか」も引退して新しい設計の特急電車が乗入するかもしれませんね。<br />
<br />
なお、難波止まりのラピートが残れば現在のラピートも引続き走っているかもしれませんが、この鉄仮面を非常時貫通口をデザインを壊さずに改造するのは至難の業でしょうね。<br />
<br />
いずれにしても、今後のニュースに注目したいと思います。</p>
<div style="clear: both;"><img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/IMG_9889.JPG" alt="" /><br />
<br />
難波～新今宮間を走る、特急ラピート、実際は今宮戎付近から地下に潜るのでしょうか？<br />
いずれにしても今後の発表が楽しみです。</div>
<span style="border-radius: 2px; text-indent: 20px; width: auto; padding: 0px 4px 0px 0px; text-align: center; font: bold 11px/20px 'Helvetica Neue',Helvetica,sans-serif; color: #ffffff; background: #bd081c url('data:image/svg+xml;base64,PHN2ZyB4bWxucz0iaHR0cDovL3d3dy53My5vcmcvMjAwMC9zdmciIGhlaWdodD0iMzBweCIgd2lkdGg9IjMwcHgiIHZpZXdCb3g9Ii0xIC0xIDMxIDMxIj48Zz48cGF0aCBkPSJNMjkuNDQ5LDE0LjY2MiBDMjkuNDQ5LDIyLjcyMiAyMi44NjgsMjkuMjU2IDE0Ljc1LDI5LjI1NiBDNi42MzIsMjkuMjU2IDAuMDUxLDIyLjcyMiAwLjA1MSwxNC42NjIgQzAuMDUxLDYuNjAxIDYuNjMyLDAuMDY3IDE0Ljc1LDAuMDY3IEMyMi44NjgsMC4wNjcgMjkuNDQ5LDYuNjAxIDI5LjQ0OSwxNC42NjIiIGZpbGw9IiNmZmYiIHN0cm9rZT0iI2ZmZiIgc3Ryb2tlLXdpZHRoPSIxIj48L3BhdGg+PHBhdGggZD0iTTE0LjczMywxLjY4NiBDNy41MTYsMS42ODYgMS42NjUsNy40OTUgMS42NjUsMTQuNjYyIEMxLjY2NSwyMC4xNTkgNS4xMDksMjQuODU0IDkuOTcsMjYuNzQ0IEM5Ljg1NiwyNS43MTggOS43NTMsMjQuMTQzIDEwLjAxNiwyMy4wMjIgQzEwLjI1MywyMi4wMSAxMS41NDgsMTYuNTcyIDExLjU0OCwxNi41NzIgQzExLjU0OCwxNi41NzIgMTEuMTU3LDE1Ljc5NSAxMS4xNTcsMTQuNjQ2IEMxMS4xNTcsMTIuODQyIDEyLjIxMSwxMS40OTUgMTMuNTIyLDExLjQ5NSBDMTQuNjM3LDExLjQ5NSAxNS4xNzUsMTIuMzI2IDE1LjE3NSwxMy4zMjMgQzE1LjE3NSwxNC40MzYgMTQuNDYyLDE2LjEgMTQuMDkzLDE3LjY0MyBDMTMuNzg1LDE4LjkzNSAxNC43NDUsMTkuOTg4IDE2LjAyOCwxOS45ODggQzE4LjM1MSwxOS45ODggMjAuMTM2LDE3LjU1NiAyMC4xMzYsMTQuMDQ2IEMyMC4xMzYsMTAuOTM5IDE3Ljg4OCw4Ljc2NyAxNC42NzgsOC43NjcgQzEwLjk1OSw4Ljc2NyA4Ljc3NywxMS41MzYgOC43NzcsMTQuMzk4IEM4Ljc3NywxNS41MTMgOS4yMSwxNi43MDkgOS43NDksMTcuMzU5IEM5Ljg1NiwxNy40ODggOS44NzIsMTcuNiA5Ljg0LDE3LjczMSBDOS43NDEsMTguMTQxIDkuNTIsMTkuMDIzIDkuNDc3LDE5LjIwMyBDOS40MiwxOS40NCA5LjI4OCwxOS40OTEgOS4wNCwxOS4zNzYgQzcuNDA4LDE4LjYyMiA2LjM4NywxNi4yNTIgNi4zODcsMTQuMzQ5IEM2LjM4NywxMC4yNTYgOS4zODMsNi40OTcgMTUuMDIyLDYuNDk3IEMxOS41NTUsNi40OTcgMjMuMDc4LDkuNzA1IDIzLjA3OCwxMy45OTEgQzIzLjA3OCwxOC40NjMgMjAuMjM5LDIyLjA2MiAxNi4yOTcsMjIuMDYyIEMxNC45NzMsMjIuMDYyIDEzLjcyOCwyMS4zNzkgMTMuMzAyLDIwLjU3MiBDMTMuMzAyLDIwLjU3MiAxMi42NDcsMjMuMDUgMTIuNDg4LDIzLjY1NyBDMTIuMTkzLDI0Ljc4NCAxMS4zOTYsMjYuMTk2IDEwLjg2MywyNy4wNTggQzEyLjA4NiwyNy40MzQgMTMuMzg2LDI3LjYzNyAxNC43MzMsMjcuNjM3IEMyMS45NSwyNy42MzcgMjcuODAxLDIxLjgyOCAyNy44MDEsMTQuNjYyIEMyNy44MDEsNy40OTUgMjEuOTUsMS42ODYgMTQuNzMzLDEuNjg2IiBmaWxsPSIjYmQwODFjIj48L3BhdGg+PC9nPjwvc3ZnPg==') no-repeat scroll 3px 50% / 14px 14px; position: absolute; opacity: 1; z-index: 8675309; display: none; cursor: pointer;">保存</span><span style="border-radius: 2px; text-indent: 20px; width: auto; padding: 0px 4px 0px 0px; text-align: center; font: bold 11px/20px 'Helvetica Neue',Helvetica,sans-serif; color: #ffffff; background: #bd081c url('data:image/svg+xml;base64,PHN2ZyB4bWxucz0iaHR0cDovL3d3dy53My5vcmcvMjAwMC9zdmciIGhlaWdodD0iMzBweCIgd2lkdGg9IjMwcHgiIHZpZXdCb3g9Ii0xIC0xIDMxIDMxIj48Zz48cGF0aCBkPSJNMjkuNDQ5LDE0LjY2MiBDMjkuNDQ5LDIyLjcyMiAyMi44NjgsMjkuMjU2IDE0Ljc1LDI5LjI1NiBDNi42MzIsMjkuMjU2IDAuMDUxLDIyLjcyMiAwLjA1MSwxNC42NjIgQzAuMDUxLDYuNjAxIDYuNjMyLDAuMDY3IDE0Ljc1LDAuMDY3IEMyMi44NjgsMC4wNjcgMjkuNDQ5LDYuNjAxIDI5LjQ0OSwxNC42NjIiIGZpbGw9IiNmZmYiIHN0cm9rZT0iI2ZmZiIgc3Ryb2tlLXdpZHRoPSIxIj48L3BhdGg+PHBhdGggZD0iTTE0LjczMywxLjY4NiBDNy41MTYsMS42ODYgMS42NjUsNy40OTUgMS42NjUsMTQuNjYyIEMxLjY2NSwyMC4xNTkgNS4xMDksMjQuODU0IDkuOTcsMjYuNzQ0IEM5Ljg1NiwyNS43MTggOS43NTMsMjQuMTQzIDEwLjAxNiwyMy4wMjIgQzEwLjI1MywyMi4wMSAxMS41NDgsMTYuNTcyIDExLjU0OCwxNi41NzIgQzExLjU0OCwxNi41NzIgMTEuMTU3LDE1Ljc5NSAxMS4xNTcsMTQuNjQ2IEMxMS4xNTcsMTIuODQyIDEyLjIxMSwxMS40OTUgMTMuNTIyLDExLjQ5NSBDMTQuNjM3LDExLjQ5NSAxNS4xNzUsMTIuMzI2IDE1LjE3NSwxMy4zMjMgQzE1LjE3NSwxNC40MzYgMTQuNDYyLDE2LjEgMTQuMDkzLDE3LjY0MyBDMTMuNzg1LDE4LjkzNSAxNC43NDUsMTkuOTg4IDE2LjAyOCwxOS45ODggQzE4LjM1MSwxOS45ODggMjAuMTM2LDE3LjU1NiAyMC4xMzYsMTQuMDQ2IEMyMC4xMzYsMTAuOTM5IDE3Ljg4OCw4Ljc2NyAxNC42NzgsOC43NjcgQzEwLjk1OSw4Ljc2NyA4Ljc3NywxMS41MzYgOC43NzcsMTQuMzk4IEM4Ljc3NywxNS41MTMgOS4yMSwxNi43MDkgOS43NDksMTcuMzU5IEM5Ljg1NiwxNy40ODggOS44NzIsMTcuNiA5Ljg0LDE3LjczMSBDOS43NDEsMTguMTQxIDkuNTIsMTkuMDIzIDkuNDc3LDE5LjIwMyBDOS40MiwxOS40NCA5LjI4OCwxOS40OTEgOS4wNCwxOS4zNzYgQzcuNDA4LDE4LjYyMiA2LjM4NywxNi4yNTIgNi4zODcsMTQuMzQ5IEM2LjM4NywxMC4yNTYgOS4zODMsNi40OTcgMTUuMDIyLDYuNDk3IEMxOS41NTUsNi40OTcgMjMuMDc4LDkuNzA1IDIzLjA3OCwxMy45OTEgQzIzLjA3OCwxOC40NjMgMjAuMjM5LDIyLjA2MiAxNi4yOTcsMjIuMDYyIEMxNC45NzMsMjIuMDYyIDEzLjcyOCwyMS4zNzkgMTMuMzAyLDIwLjU3MiBDMTMuMzAyLDIwLjU3MiAxMi42NDcsMjMuMDUgMTIuNDg4LDIzLjY1NyBDMTIuMTkzLDI0Ljc4NCAxMS4zOTYsMjYuMTk2IDEwLjg2MywyNy4wNTggQzEyLjA4NiwyNy40MzQgMTMuMzg2LDI3LjYzNyAxNC43MzMsMjcuNjM3IEMyMS45NSwyNy42MzcgMjcuODAxLDIxLjgyOCAyNy44MDEsMTQuNjYyIEMyNy44MDEsNy40OTUgMjEuOTUsMS42ODYgMTQuNzMzLDEuNjg2IiBmaWxsPSIjYmQwODFjIj48L3BhdGg+PC9nPjwvc3ZnPg==') no-repeat scroll 3px 50% / 14px 14px; position: absolute; opacity: 1; z-index: 8675309; display: none; cursor: pointer; top: 1975px; left: 21px;">保存</span>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%82%8F%E7%AD%8B%E7%B7%9A%20%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%93%EF%BC%91%E5%B9%B4%E6%98%A5%E9%96%8B%E9%80%9A%E4%BA%88%E5%AE%9A%EF%BC%9F</link>
    <pubDate>Mon, 22 May 2017 13:47:47 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>岡山地区で湘南色継続？のニュースから</title>
    <description>
    <![CDATA[<h2>湘南色が継続？<br />
<br />
<a href="https://www.westjr.co.jp/press/article/2017/04/page_10329.html" title="news JRwest" target="_blank">JR西日本 ニュースリリース</a></h2>
JR西日本では、<span class="date">2017年4月17日に岡山支社で、</span>115系300代の車両（3両2編成）が2編成とも湘南色での再塗装が完了することを記念してキャンペーンをするというニュースが出てきました。<br />
<br />
元々リニューアル車を中心にカフェオレ色と通称された、下記のような塗装にしていたのですが、<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/IMG_5192.JPG" alt="" /> <span style="font-size: small;">通称カフェオレ色</span><br />
<br />
工場入場時に単色塗（広島・岡山地区では黄色化）が2009年より進められておりました。<br />
その主な理由は、塗装工程の短縮に伴うものと説明されてきましたが、正直何かが足りない・・・そんな感じがしたものでした。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/IMG_5218.JPG" alt="" /> <span style="font-size: small;"><span style="font-size: small;">２編成並んだ黄色塗装の１１５系（左側が岡山車、右側が広島車）表示幕が白幕が下関所属の車両でLED化されているのが岡山支社らしい・・・（３年ほど前の情報なので現在はかわっているかもしれませんが）<br />
<br />
</span></span>
<h2>国鉄時代は湘南色が全国の直流電化区間を制覇？</h2>
<span style="font-size: small;"><br />
国鉄時代から近郊型電車とよばれた直流電車は<br />
元々１１５系は、湘南色と呼ばれる２色塗で塗装されていました。<br />
<br />
国鉄時代にはそれこそ、東京～下関まで同じ色の電車が走っていると言われたものでした。（実際には同じ形式とは言えないのですが、鉄道に興味がない人からすれば同じですよね。）<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/JRE115_Y427.jpg" alt="" /><span style="font-size: xx-small;"><span style="font-size: small;">画像 Wikipedia　１１５系</span><br />
<br />
全国的には、１１３系と呼ばれる車両と１１５系と呼ばれる２種類の車両があったのですが、見かけはほとんど同じでした。<br />
間違い探しのようですが、外観で１か所違いがあるのがわかるでしょうか？<br />
<span style="font-size: xx-small;"></span></span></span>
<div><span style="font-size: xx-small;"><br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/113_oogaki.jpg" alt="" /> <br />
<span style="font-size: small;">撮影 blackcat １１３系</span><br />
</span></div>
<p><span class="date">違い見つけられましたか？<br />
運転台下の緑の塗分け線が異なることに気付かれたかと思います。<br />
下の写真が１１３系で、緑帯は斜めになっています。<br />
それに対して１１５系は貫通ドアに一杯まで緑の塗装が行われています。<br />
</span></p>
<h2>塗分けを変えた理由は？</h2>
一言で言えば、現場の人が確認しやすくするため。<br />
１１３系と１１５系の違いは勾配線区で上手く電車を走らせられるか否かの違いでした。<br />
１１５系には連続する勾配区間などで一定の速度で走らせることが出来る抑速ブレーキと呼ばれる、下り勾配線区で一定の速度を保ったまま下ることが出来る機能を持った制御装置です。<br />
１１３系は本来、平坦線区仕様なので、そうした装置は付いていません。<br />
<br />
抑速ブレーキってどんなもの？と気になる方は。<br />
こちらのサイトもご覧くださいね。 <a href="http://www.mintetsu.or.jp/knowledge/term/213.html" title="" target="_blank">日本民営鉄道協会</a><br />

<h2>湘南色の歴史は７０年近く</h2>
<p><span class="date">湘南色とそもそも呼ばれるようになったきっかけは、昭和２５年３月１日から運転が開始されたミモハ８０形を含む中距離電車（旧形国電は本来系列と言う概念がないが、理解しやすくするため以降は制御者を含めた８０系と言う呼び方をします。） 東海道線東京～沼津間，湘南形電車運転開始 3/1 <br />
<a href="http://jnrera3.webcrow.jp/nenpyou/shouwa_JNR/s_25.html" title="国鉄" target="_blank">国鉄があった時代 昭和２５年前半</a> <img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/Kuha86001.moha80001.jpg" alt="８０系電車" /> ８０系電車が、オレンジと緑色の塗分けで誕生したからでした。 この色を湘南地区のミカンとその葉っぱの色としたと言われていましたが、後年、星晃氏の著書などでこれは全く後から付けた理由であって当時は取りあえず明るい色にしたいということで決まったのが緑とオレンジだったそうで、当初はもう少しオレンジも赤みがかっていたそうです。<br />
その後現在の湘南色と呼ばれる色に落ち着いたと言われています。</span></p>
<h2>一声を風靡した枚窓の湘南電車</h2>
<p><span class="date">試運転中に火災事故を起こし、「遭難電車」と言うありがたくないニックネームを付けられたものの、その後の利用は順調で、昭和25年後半からは2枚窓のタイプが製造されさらに、その人気は他の私鉄も真似するほどでした。 <br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/JNR_Tc80_300.jpg" alt="" /> <span style="font-size: small;">写真はクハ86-300番台全金属車<br />
<br />
このスタイルは、当時は大変人気だったらしく阪神や西鉄、名鉄などでもこの亜流と呼べるスタイルが多数誕生しました。<br />
写真は、南海電車の11001系です。<br />
<img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/Image10101.JPG" alt="" /> </span>スキャンの仕方が悪くて埃が取れていません。(T_T)<br />
</span></p>
<span style="border-radius: 2px; text-indent: 20px; width: auto; padding: 0px 4px 0px 0px; text-align: center; font: bold 11px/20px 'Helvetica Neue',Helvetica,sans-serif; color: #ffffff; background: #bd081c url('data:image/svg+xml;base64,PHN2ZyB4bWxucz0iaHR0cDovL3d3dy53My5vcmcvMjAwMC9zdmciIGhlaWdodD0iMzBweCIgd2lkdGg9IjMwcHgiIHZpZXdCb3g9Ii0xIC0xIDMxIDMxIj48Zz48cGF0aCBkPSJNMjkuNDQ5LDE0LjY2MiBDMjkuNDQ5LDIyLjcyMiAyMi44NjgsMjkuMjU2IDE0Ljc1LDI5LjI1NiBDNi42MzIsMjkuMjU2IDAuMDUxLDIyLjcyMiAwLjA1MSwxNC42NjIgQzAuMDUxLDYuNjAxIDYuNjMyLDAuMDY3IDE0Ljc1LDAuMDY3IEMyMi44NjgsMC4wNjcgMjkuNDQ5LDYuNjAxIDI5LjQ0OSwxNC42NjIiIGZpbGw9IiNmZmYiIHN0cm9rZT0iI2ZmZiIgc3Ryb2tlLXdpZHRoPSIxIj48L3BhdGg+PHBhdGggZD0iTTE0LjczMywxLjY4NiBDNy41MTYsMS42ODYgMS42NjUsNy40OTUgMS42NjUsMTQuNjYyIEMxLjY2NSwyMC4xNTkgNS4xMDksMjQuODU0IDkuOTcsMjYuNzQ0IEM5Ljg1NiwyNS43MTggOS43NTMsMjQuMTQzIDEwLjAxNiwyMy4wMjIgQzEwLjI1MywyMi4wMSAxMS41NDgsMTYuNTcyIDExLjU0OCwxNi41NzIgQzExLjU0OCwxNi41NzIgMTEuMTU3LDE1Ljc5NSAxMS4xNTcsMTQuNjQ2IEMxMS4xNTcsMTIuODQyIDEyLjIxMSwxMS40OTUgMTMuNTIyLDExLjQ5NSBDMTQuNjM3LDExLjQ5NSAxNS4xNzUsMTIuMzI2IDE1LjE3NSwxMy4zMjMgQzE1LjE3NSwxNC40MzYgMTQuNDYyLDE2LjEgMTQuMDkzLDE3LjY0MyBDMTMuNzg1LDE4LjkzNSAxNC43NDUsMTkuOTg4IDE2LjAyOCwxOS45ODggQzE4LjM1MSwxOS45ODggMjAuMTM2LDE3LjU1NiAyMC4xMzYsMTQuMDQ2IEMyMC4xMzYsMTAuOTM5IDE3Ljg4OCw4Ljc2NyAxNC42NzgsOC43NjcgQzEwLjk1OSw4Ljc2NyA4Ljc3NywxMS41MzYgOC43NzcsMTQuMzk4IEM4Ljc3NywxNS41MTMgOS4yMSwxNi43MDkgOS43NDksMTcuMzU5IEM5Ljg1NiwxNy40ODggOS44NzIsMTcuNiA5Ljg0LDE3LjczMSBDOS43NDEsMTguMTQxIDkuNTIsMTkuMDIzIDkuNDc3LDE5LjIwMyBDOS40MiwxOS40NCA5LjI4OCwxOS40OTEgOS4wNCwxOS4zNzYgQzcuNDA4LDE4LjYyMiA2LjM4NywxNi4yNTIgNi4zODcsMTQuMzQ5IEM2LjM4NywxMC4yNTYgOS4zODMsNi40OTcgMTUuMDIyLDYuNDk3IEMxOS41NTUsNi40OTcgMjMuMDc4LDkuNzA1IDIzLjA3OCwxMy45OTEgQzIzLjA3OCwxOC40NjMgMjAuMjM5LDIyLjA2MiAxNi4yOTcsMjIuMDYyIEMxNC45NzMsMjIuMDYyIDEzLjcyOCwyMS4zNzkgMTMuMzAyLDIwLjU3MiBDMTMuMzAyLDIwLjU3MiAxMi42NDcsMjMuMDUgMTIuNDg4LDIzLjY1NyBDMTIuMTkzLDI0Ljc4NCAxMS4zOTYsMjYuMTk2IDEwLjg2MywyNy4wNTggQzEyLjA4NiwyNy40MzQgMTMuMzg2LDI3LjYzNyAxNC43MzMsMjcuNjM3IEMyMS45NSwyNy42MzcgMjcuODAxLDIxLjgyOCAyNy44MDEsMTQuNjYyIEMyNy44MDEsNy40OTUgMjEuOTUsMS42ODYgMTQuNzMzLDEuNjg2IiBmaWxsPSIjYmQwODFjIj48L3BhdGg+PC9nPjwvc3ZnPg==') no-repeat scroll 3px 50% / 14px 14px; position: absolute; opacity: 1; z-index: 8675309; display: none; cursor: pointer; top: 2059px; left: 21px;">保存</span>]]>
    </description>
    <category>鉄道ニュース</category>
    <link>http://blackcat.blog.shinobi.jp/http---jnrera.webcrow.jp/%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%A7%E6%B9%98%E5%8D%97%E8%89%B2%E5%BE%A9%E6%B4%BB%EF%BC%9F</link>
    <pubDate>Sun, 23 Apr 2017 00:43:14 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">blackcat.blog.shinobi.jp://entry/3</guid>
  </item>
    <item>
    <title>185系と言う名の電車たち</title>
    <description>
    <![CDATA[<p>新聞記事でJR東日本の185系が引退するという記事が出ていたので少しだけ、思い出話などを語らせていただこうと思います。185系は、1981年（昭和56年）老朽化した153系急行電車（東海形）と呼ばれた電車の置換え用として計画されました。</p>
<p>ここでは、簡単に185系電車の誕生までの経緯などを書いていこうと思います。</p>
<p><img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/JRE_EC185.jpg" alt="185系電車" /><br />
画像 Wikipedia　</p>
<blockquote>ＪＲ東日本が、旧国鉄時代に製造した車両１８５系を、東京と静岡県の伊豆半島を結ぶ特急「踊り子」から数年以内に退役させる方針を固めたことが８日、分かった。老朽化したため。１８５系の退役でＪＲ東が定期運用する特急列車から国鉄時代に造った車両が消え、１日に３０周年を迎えたＪＲの発足後に登場した車両に統一される。</blockquote>
<blockquote>　踊り子は伊豆半島にある人気観光地の伊豆急下田、修善寺までそれぞれ走っており、車両の置きかえで旅行者の利用促進を狙う。後継車両には、中央線の主に新宿（東京）－松本（長野県）間を走る特急「あずさ」や新宿－甲府間などの「かいじ」に使っているＥ２５７系を転用。（共同）</blockquote>
<blockquote>
<blockquote>ニュースサイトで読む: https://mainichi.jp/articles/20170408/k00/00e/020/316000c#csidxe9bc88e68463166aebcc013e91b6c73&nbsp;</blockquote>
<blockquote>Copyright 毎日新聞</blockquote>
</blockquote>
<h3>185系電車の特徴</h3>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">185系電車は、普通電車と特急電車の汎用と言うことから、従来の特急電車と大きく異なる点が多々あります。</span></div>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">まず、従来の特急電車は房総特急を除き長距離運転をするのが目的であり、ドアは片側に一つだけで、かつその幅は70ｃｍと小さなものであり一人づつしか乗降できない程度の大きさでした。もちろん、車いすでの利用などは配慮されていません。</span></div>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">それは、特急列車と言うのは停車駅も少なく長距離利用客を出来るだけ早く目的に連れて行くことを目的としていたからです。</span></div>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">それが、185系では、両端にドアがありその幅も1ｍと大きなものでした。</span></div>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">この１ｍと言う大きさは今まで使っていた急行電車と同じドアの幅でありもっと遡れば80系電車と言われた電車と同じドア幅であり、普通電車としての利用を前提としていたことがここでもよくわかるかと思います。</span></div>
<div><span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">また、特急電車は昭和33年の151系「特急こだま」時代から固定窓が貫かれており、例外的に特急ひびき、特急あまぎが例外的に窓が開く特急電車でしたがこれは元々準急用に計画された日光形（157系）を使ったからであり、当初から特急形と普通列車の兼用とはいえ特急形として計画された電車で窓が開く特急電車は185系のみと言えましょう。</span></div>
<span style="font-size: 14px; font-weight: normal;">さて、何故こんなことになったのでしょうか？</span><br />

<h3>急行型で当初は計画されていた？</h3>
あまり、この点は書かれていないのですが、当初は急行電車の置換えですので当然のことながら急行置換用として計画されていました。 デビュー当初185系電車が転換クロスシートでかつ窓が開閉式になっていたのは当初は急行電車で計画されていたからでした。 何故、それが特急になったのか・・・それは当時の国鉄の財政状況にありました。 毎年1兆円近くの赤字を計上し、国からも6000億からの補てんを受けていたわけで、何とか増収にということで、営業サイドからの強い要望があったそうです。 急行形電車の標準仕様として計画していたけれど結果的に特急として・・・と言うことになったため設備的にはすでに評判は悪いとはいえ簡易リクライニングシートが当たり前になっていたのに、普通列車と兼用と言う理由？を付けて転換クロスシートになったのですから・・・。 特急利用者としては納得できないですよね。 その後昭和57年（1982年）には、東北・上越新幹線が大宮で暫定開業となったため185系200番台が増備され、リレー号快速として利用されました。<br />

<h3>JR化後のリニューアル工事で特急らしく</h3>
アコモデーションも中途半端で終わってしまった185系ですが、国鉄でもこれはまずいと思ったのか、国鉄末期に新特急なる名称を誕生させるとともに、営業施策上、B特急料金と言う今までの特急料金よりも安い特急料金を設定されます。 国鉄としても、185系で特急は厳しいと思ったのでしょうか。 さて、その後も185系は特急電車としては乗降口のドアが広い反面、転換クロスシートはやはり特急電車としては見劣りするため、JR化以降、シートの交換が行われています。 転換クロスシート&rarr;リクライニングシートへの変更であり、これで名実ともに特急電車らしくなったと言えましょう。 結局、大きなドアが汎用性を高めることとなり、「臨時列車ながら」に充当される等に充当されたのはご存じのとおりです。
<h3>185系の兄弟車がある？</h3>
185系電車には兄弟車ともいえる電車があります。 <img src="//blackcat.blog.shinobi.jp/File/1280px-JRW-117_001_JPN.jpg" alt="117系電車" /> 画像 Wikipedia <br />
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それは、117系電車と呼ばれる電車です。 関西並びに名古屋地区にだけ投入された電車で、当初は関西だけの限定だったのですが、JR東海の初代社長であった須田氏が中京地区にも117系を導入して欲しいということで実現したもので、例外的に中京地区にも117系が投入されました。 <br />
関西地区に投入された117系は室内の内装が艶消しのマホガニー調であったのに対し、名古屋地区のものは艶ありタイプであるなど、若干異なっていました。 最高速度や、部品などもほぼ共通であり西の117系が関東圏では185系として特急で使われているとファンの間では話題になったものでした。]]>
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    <category>鉄道ニュース</category>
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    <pubDate>Mon, 10 Apr 2017 10:46:59 GMT</pubDate>
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