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blackcatの鉄道ニュース解説

更新頻度は低いですが、鉄道関係のニュースについて独自の視点で書かせていただきます。

鉄道業界での女性進出が遅れたもう一つの理由

鉄道業かは何故女性の進出が遅れたのか?に対して思ったこと


先日、下記のようなタイトルで、ニュースが出ていました

鉄道業界での女性進出が著しく遅れた理由

コンパクトに書かれていますが、若干違和感を感じましたので、その辺を私なりに書き加えさせていただこうと思います。
国鉄の場合だけではないかと言われそうですが、国鉄では駅員などに女性を配置できない事情がありましたので、その辺を含めて書かせていただこうと思います。

たしかに、男女雇用機会均等法が制定されるまでは、女性の深夜勤務などは、看護師【当時の名称は、看護婦】や、電話交換手など、】一部の職種を除き制限されていました。
すなわち、女性は、深夜勤務や残業時間に制限が設けられていたわけです。

労働基準法は、女性の母性保護の観点から守られていた


これは、母性保護を前面に打ち出したもので、女性差別と言うよりも女性保護の観点からと見ることも出来ます。
これが解消されるのは、平成9年に制定された法律、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等のための労働省関係法律の整備に関する法律」です。
この法律の発効は、平成11年4月1日のため、平成11年に制定されたと思われがちですが、約2年間、準備期間となっていました。これにより、女性の深夜勤などが可能となりました。
だたし、現在でも下記のように、妊娠中の女性労働者の、時間外・休日労働・深夜業の規制等は引き続き行われています。

少しだけ引用してみたいと思います。
女性の時間外・休日労働・深夜業に関する規制は平成11年4月より原則として廃止されましたが、女性に関しては、ほかに以下のような規制があります。
1. 坑内労働の禁止(労働基準法第64条の2関係)
 使用者は、臨時の必要のため坑内で行う一部の業務を除き、満18歳以上の女性を坑内で労働させてはならない。
2. 生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置(労働基準法第68条関係)
 生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求した場合、使用者は、その女性を生理日に就業させてはならない。
3. 産前産後休業(労働基準法第65条関係)
産前休業: 使用者は、6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する女性が請求した場合、就業させてはならない。
産後休業: 使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。但し、産後6週間(強制休業期間)を経た後は、本人が請求した場合、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは差し支えない。
4. 軽易業務転換(労働基準法第65条関係)
 妊娠中の女性が請求した場合、使用者は、他の軽易な業務に転換させなければならない。
5. 時間外・休日労働・深夜業の規制(労働基準法第66条関係)
 妊産婦が請求した場合、使用者は、時間外労働・休日労働・深夜業をさせてはならない。
6. 危険有害業務の就業制限(労働基準法第64条の3関係)
 使用者は、妊産婦を妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせてはならない。
7. 妊産婦に対する変形労働時間制の適用についての制限(労働基準法第66条関係)
 妊産婦が請求した場合、フレックスタイム制以外の変形労働時間制の規定は適用されない。
8. 妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置(男女雇用機会均等法第12条・13条)
 事業主は、女性労働者が母子保健法に定める保健指導、または健康診査を受けるための必要な時間を確保し、その指導事項を守ることができるように、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない。
9. 育児時間(労働基準法第67条関係)
 生後満1歳未満の子供を育てる女性は、休憩時間とは別に、1日2回それぞれ少なくとも30分育児時間を請求することができる。2回のとり方やその時間帯は労働者の任意の選択によるので、1回でまとめてとることも可能である。使用者は、育児時間中、その女性を使用してはならない。

引用 労働相談Q&A  山形県商工労働部雇用対策課

小川氏のレポートでは下記のように書かれているが

さて、上記の記事では、鉄道は男性の職場というイメージがあるがとして、下記のように書かれています。
この主張は正しい、しかし、終戦後再び鉄道業界が男性中心になってしまったのかという点があまり詳しく書かれていないような気がします。
私は、やはり、労働基準法の存在が大きかったと考えるわけです。

いまだ鉄道は男の職場という意識は根強いが、戦中や戦後間もない頃の鉄道は女性が支えてきた事実も忘れてはならない。
 戦時中、男たちは兵士として戦地に送られた。他方、女性は軍需工場や郵便配達、電車の運転などを任された。特に、市民の足として欠かせない交通機関だった路面電車では多くの女性が活躍した。

鉄道業界でも、私鉄の場合は、関連企業に吸収するなどで、戦時中に採用された女性社員を上手く吸収させる事ができたかもしれませんが、国鉄の場合は、発足当初の昭和24年に、女性を中心に実は大幅に指名解雇しています。定員法の関係で 、職員の解雇に踏み切ったものであり、その多くは戦時中に採用された女子職員【当時の名称では女性ではなく、女子という表現でしたので、敢えて当時の表記で記述】でした。それと、10代の若手職員を解雇、戦時中に徴兵されていて復員した兵士などを中心に残す措置を取りました。他にも、組合運動を過激に行っていた活動家を指名解雇しています。

当時の職員は50万人近くいたわけで、輸送量からすれば過剰な人員であり、国鉄は毎年慢性的な赤字に苦しみ、国会でも何度もやり玉に挙げられていたからです。

さて、本来の女性職員が鉄道業界、特に国鉄に芽生えなかったのかという点について改めてお話をしたいと思うのですが、先程申し上げたように、国鉄では私鉄のような関連企業が認められておらず、そうした関連企業への吸収という方策は望み得なかったこと、さらにもっと大きな要因として、動力車乗務員と貨物輸送があったと言えそうです。
今は、蒸気機関車は観光の目玉的に捉えられていますが、当時は電化区間も少なく、殆どは蒸気機関車で運転されていました。
煤煙は酷く、トンネル区間では窓を閉めてもどこかららともなく煤煙が入り込み、白のシャツが煤で黒くなると言うのは日常茶飯事と言えました。
そして、その蒸気機関車の運転を支える機関士と機関助士の仕事は非常に重労働、特に機関助士の仕事は石炭をボイラーに投下する、力仕事です。
女性の力では流石に、片手シャベルで、石炭を連続して投炭するのは難しいでしょう。
ということで、機関士を含む運転士の仕事はどうしても女性ではなく男性中心の仕事になってしまいます。
また、駅員の場合は女性を中心にして国鉄時代は配置すれば良かったのではないかと言う意見も出てくるかと思います。

ただ、そうなると、中高年のヤードで働く職員をどうするかでした。
今では、廃止されてしまいましたが、かつて、「ヤード」と呼ばれる広大な貨物仕分け線がありました。
ハンプと呼ばれる小高い丘から自動的に開放して予め設定された線路に向けて貨物を送り込む方法で、貨車に飛び乗りブレーキを掛けて行く仕事をする構内係(昔は連結手と言っていた、以下構内係で統一)という職種がありました。
雨の日も夜間も関係なく行われる仕事で、当然のことながら、貨車に接触する、「蝕車事故」と呼ばれる事故も後を絶たず国鉄殉職者の6割を占めると言われていました。
当然、構内係の仕事はこのように危険が伴いますので、出来るだけ年配者は外していきたい。そうなると外した人たちの働き場所を確保する必要が出てくる訳です。
その先が、駅員と言うことになってきます。
もっとも、接客に向いている人もいれば、元々そうした接客が苦手な人もいたりするわけで、そうした人が窓口で利用者とトラブルになるなんてこともあったわけです。

ですから、少なくとも当時の国鉄にあっては、駅員に若い女性職員を採用して改札や、出札【切符販売窓口】の職員として配置してしまうと、男性駅員は連日夜勤のみの対応となったりしてそれこそ非常に不都合な状態になってしまうし、その上構内係の、卒業先が塞がってしまうと言うことを意味するのでした。
もちろん、30代になっても、構内係の仕事をしていた人も皆無とは言えませんし、雇員(いわゆる非正規雇用)による、連結手もいましたが、社員の場合はそうしたセカンドキャリアを用意する必要もあったのです。

案外そうした視点が抜けたまま書いている記述が多いので、少しだけ解説というか、異論を挟ませていただきました。

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プロフィール

HN:
加藤好啓
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性別:
男性
誕生日:
1960/06/10
職業:
鉄道ジャーナリスト
趣味:
写真 読書
自己紹介:
初めまして、鉄道ジャーナリスト&日本国有鉄道日本国有鉄道研究家の加藤好啓です。blackcatと言う名前でネット上で活動していますのでご存じの方も多いかと思います。
鉄道関連のニュースの簡単な解説(特にJR中心)でアップさせていただきます。

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